〇神道とは
神道とは日本人が日本の自然のいたるところに神を感じ崇拝していた、素朴な自然崇拝から始まったが、それは神道の一面であり、神道は自然の法則を重視する宗教である。
神道とは何か、稲を植え育てること。神道は農耕と密接な関係がある宗教だと言える。自然の理(ことわり)に従うことを肝要としている。
(神=不思議な ・ 道=ことわり)四季が変化するのは不思議な自然の法則である。四季に合わせて春に稲を植える、秋に収穫をする。これは自然のことわりに従うことです。
これが神道です。ところが、稲の生育と共に雑草も生える。自然に逆らい、雑草という悪を取り除く事も神道である。つまり、神道は、自然に従う事、と、自然に逆らう事の2面性がある。
産むことだけでなく、悪いところを取り除き、育てる所に道が出来るというのが、神道の根本的な教えです。神道では、清浄を重視する。肉眼で見えない罪や穢れを清める行法を禊(みそぎ)・祓え(はらえ)と呼ぶ。
罪や穢れ、ちりやほこりは、私たちの暮らしを不幸にするものであり、それらを除去して、清らかに生活することが神道では理想とされる。
神道は中国からの外来語で易経に「神道とは、霊妙不可思議な自然の法則」という意味で出てくる。神道という言葉が日本で初めて出てくるのは日本書紀であり、仏教と区別するための国外向けの言葉である。
当時の一般的な言い方は古道です。神道における神とは、神の字は示辺(しめすへん)、申(しん)である。示は神を祀る祭壇を意味し、申は雷を意味している。自然の霊力を表し、稲は稲妻により実を結ぶと考えられていた。
・神とは、尋常でない霊威を発するものをいう。
・神は八百万神、多神教である事を意味する。
・神道の神は姿を現さない。(神は人に霊威を感じさせる存在であって、特定の姿を持たないもの)
・人々とって畏怖すべき存在(神の祟り)
・一定の地域と密接に結びつく(その土地の神:先祖神:産土神[うぶすなかみ])
宗教としての神道の根底にある基本は稲作である。神道で信仰されてきた神々の多くは稲作や農耕の守護神である。
しかし、神道確立する以前に崇拝されていたのは、山や森や獣の精霊であった。(狩猟中心社会)ミ(神・霊)、チ(霊)、タマ(魂・霊)、モノ(物)、ケ(怪)、ヌシ(主)と呼ばれる存在のことを神として崇めた。
荒ぶる神、邪しき神とされながらも後に八百万の神として習合されていく。(イカズチ、ミズチ、コダマ、モノノケ、オロチ)
〇神社とは神の為の空間
神が占有する一定の区画を指す。人間が足を踏み入れることを許されない神の為の空間。神社の本質は人をはじめ鳥や獣さえ踏み込むことが許されない禁じられた聖地(禁足地)である。
森や建物自体が神社でなく神が占有する空間(神域)を神社という。
〇ご神体は神霊が宿るものの事
神は祭りのたびにはるか海のかなたにある常世の国から来訪して人々に祝福し、祭りが終わると再び常世の国へ帰っていく。このような神を[まれびと]と呼んだ。
神は神社に常駐しておらず、祭りの際に降臨する。この時、神霊が依代にするのが御神体である。ご神体は神そのものではないが、神霊が宿ると神そのものになる。
祭りの語源は奉る(たてまつる・ささげる)という言葉と関係が深い。神に食事や酒などを(神饌:しんせん)を捧げそれを下ろして、畏まり共食共飲(神人共食)することを直会(なおらい)という。
直会により、神と人、人と人が結ばれることを祭りという。又、’まつろう’という言葉は神の霊威に服従し、奉仕するという意味で祭りという言葉になった。
さらに、祭りという言葉は神の降臨を待つという意味もあり、神の訪れを待ち、神からのメッセージ:神託を乞うのが祭りであるともいわれる。
日常的な人間が祭りにて意識を無の状態にし、そこに神霊の力を取り込んで、心身共に別の新しい人間に生まれ変わる。こうした神祭を行うところを神社といい、神祭を行うからこそ神社なのである。
〇天津神・国津神
天津神・国津神(あまつかみ・くにつかみ)は、日本神話に登場する神である。天津神は高天原にいる神々、または高天原から天降った神々の総称、 国津神は地(葦原中国:あしはらのなかつくに)に現れた神々の総称とされている。日本神話において、国津神がニニギを筆頭とする天津神に対して国土(葦原中国)の移譲を受け入れたことを
国譲りとして描かれている。これはヤマト王権によって平定された地域の人々(蝦夷、隼人など)が信仰していた神が国津神に、ヤマト王権の皇族や有力な氏族が信仰していた神が天津神になったものと考えられる。
国津神については、記紀に取り入れられる際に変容し、本来の伝承が残っていないものも多い。日本書紀では、しきりにある文として伝承等を引用している点から、その記録文書は後世では失われてしまった。
「つ」は現代語の「の」のことで、天の神・国の神という意味であり、「天つ神」、「国つ神」と表記することもある。漢字で天津神を「天神」(てんじん)、国津神を「地祇」(ちぎ)とも言い、
併せて「天神地祇」「神祇」と言う。「天神地祇」「神祇」という呼称は中国の古典に見え、それが出典という説も存在するが、日本のものとは概念が全く異なる別ものである。
なお高天原から天降ったスサノオや、その子孫である大国主などは国津神とされている。
●天津神(アマツカミ)
・別天津神(コトアマツカミ)
造化三神:
天之御中主神
高皇産霊神
神産巣日神
宇摩志阿斯訶備比古遅神
天之常立神
・神世七代(カミヨナナヨ)
国之常立神
豊雲野神
宇比地邇神・須比智邇神
角杙神・活杙神
意富斗能地神・大斗乃弁神
淤母陀琉神・阿夜訶志古泥神
伊邪那岐神・伊邪那美神
・三貴子
天照大御神[主宰神]
月読命
須佐之男命
・その他
天忍穂耳命、邇邇芸命、思金神、建御雷神、天手力男神、天児屋命、天宇受売命、玉屋命、布刀玉命、天若日子、天之菩卑能命など
●国津神(クニツカミ)
・大国主神[主宰神]
・大国主の御子神
阿遅金且高日子根神、下照比売、事代主、建御名方神、木俣神、鳥鳴海神
・大国主の配偶神
須勢理毘売命、八上比売、沼河比売、多紀理毘売命、神屋楯比売命、鳥取神
・その他
椎根津彦、須佐之男命、櫛名田比売、少名毘古那神、大物主神、久延毘古、多邇具久、大綿津見神、大山津見神、宇迦之御魂、
大年神、木花之佐久夜毘売、玉依比売、豊玉毘売、八束水臣津野命、多紀理毘売命、市寸島比売命、多岐都比売命、伊勢津彦など
〇神使
神意を伝えたり、吉凶を示す特定の鳥獣や虫魚を神使という。眷属は、神使と同意だが仏教用語である。仏、菩薩に付き従うもの眷属神ともいう。
〇神職・巫女・神子
神様と人間との仲介をする役目
私たちは神様に祈願できても、神様の意志を知ることが出来ない。そこで、神様と人の間に立ち神様の意志を人に伝え、また人の願いを神様に届ける仲介者が必要になる。
これが神職・巫女・神子である。
〇神道について
神道とは、寛容的であり柔軟性のある宗教と言える。教祖や経典、教義を持たないが、仏教、儒教、陰陽道、修験道など、外来の諸宗教・思想などに影響され進歩してきた。
中でも仏教からの影響は大きく、神道と仏教が折衷し融合調和したことを神仏習合という。(神は輪廻の中で煩悩に苦しんでいる身であり、仏教により救済される。と説く。これが神仏習合である。)
・明治になると当時の政府から神仏分離令が発布され国家神道が戦前まで続いた。(富国強兵の一環) これに伴い、仏教廃絶運動が起こり、多くの文化遺産がこの時に失われた。
これを廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)という。現在は一信仰である。
