生まれ変わりがあるのなら、失敗したらすぐやめればいい。(自殺)と魔が良く言います。ですが自殺がダメなのは、自分の怨念に縛られるから、殺される。食べられるは他のせいです。
自分も食べている、殺しているのだから諦めもつきます。しかし、自分で自分の命を絶ったら思念は捌け口がありません。
(自分のMAXの怨念で自分を縛ります)浄化の旅の一歩からつまずきます。心が閉ざされ救いがありません。(自力での浄化が難しい)
・死んでしまったのなら、仕方がない。今回は失敗した、あの世に行ってたくさんの恨みを受け、自分も浄化しよう。(結果として)他の恨みを受けるが皆、相手(自分以外)を殺したこと(食べたこと)をわかっています。
理解は浄化です。わだかまりが解消することが浄霊です。(他の霊の浄化が思いの解消が自分の浄化に繋がります:許しあう事が大切なのです。)
ただ、出来るだけ満足して生きましょう。貴方の名前の人生は一度きりです。生まれ変わりがあったとしても自分では無いのです。その霊の記憶の一部でしか貴方の人生は存在しません。
あの世に行ってしまえばあなた自身の人生は文字通り終わりなのです。別の記憶が蘇り、膨大な記憶の一部になります。こだわりが薄れます。(浄霊の旅)
ですから、生きるということを大切にしましょう。他を殺す事(食べる事)でしか私たちは存在できないのです。殺すこと(食べる事)に感謝は強者の論理(傲慢)です。
殺されたものは必ず恨みます。
ですから、私たちは自然体に生きる。無益な殺生をしない。自分が世界の中のちっぽけな命の自覚が大切なのです。 (別に仙人のように生きよと言っていません。普通に生きることが大切なのです。人間もフードチェーンの一部です。)