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オラクルの雫の霊のお話

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(他hp引用)
はなはだしい霊障を起こし浄霊に激しく抵抗する。黒カビのあるところによって来る。近年 "魔"に影響を受け心身のバランスを崩し不調を訴えられる方が 増えています。この勢いは年々増しており悪霊、浮遊霊、未成仏霊、低級霊、動物霊が主な原因だった霊障より、"魔"が原因となる霊障が増えてきています。"魔"は神が存在する太古の昔、人間が生まれる以前から地球に存在している、別世界・目に見えない世界の住人です。 魔のパワーは悪霊、浮遊霊、未成仏霊、低級霊、動物霊より強力で魔を祓うには神力、光の力を使い祓うのが一番適しています。"魔"は人の怨み、妬み、怒り、執着、強欲の感情に感応して近寄り取り憑きます。人霊や元は人間だった悪霊とは違い改心の心や 慈悲の心などは微塵も持ち合わせていません。巷の霊能者からすれば手に負えないやっかいものといえます。

●魔祓い
エクソシストといえばイメージ的にわかり易いかもしれません。魔を祓う場合、魔の性質上 これまで広く行われている除霊や浄霊方法では効果を出すことが難しくなっています。諭して浄土や天国に行かせるなど通用しません。「魔が居るべき所に返すのみ」強制的に排除するだけです。

●悪魔のしっぽ
魔のしもべは、(行き場がなくなった、未浄化霊が魔に従っている場合がある)自身で見極めて判断することが出来ず、長いものに巻かれ、誰かの指示に従い、誰かの言葉を受け売りに、誰かの責任にします。常に盗み見や盗み聞きしながら、自身の手柄にしようと企みます。自己本位に目先の損得勘定だけで判断し、非常に短絡的で流動的であるという習性を持っています。彼等は、現次元的に見れば、権力や肩書きに対しては非常に弱く、強い者には腰を低くし良きしもべを演じ、弱い者には無慈悲なまでに鞭を打つような二面性を持っています。そして自身の形勢が悪くなったと分かれば直ぐに寝返り、その場凌ぎに逃れようとするといった者を多くの者たちから見て取れます。ゆえに霊質としては、信頼度が非常に低い部類に属します。 だからこそ、逆に霊性の低い悪しき想念界では、力で統制するしかないと判断するしかありません。

●悪魔の視点
悪魔のしもべたちは、秘密裏にゲームを進め、悪しき計画を成就させることを楽しみます。そして、悪魔のゲームにはルールがあり、初めに計画を公表し、伏線となる痕跡を必ず残しながら進めていきます。そしてゲームの中には、いくつかの悪魔の印を散りばめることがあります。悪魔のしもべたちの世界では、計画や犯行がバレて阻止されることは、非常に恥であり未熟者と貶されます。完全なる弱肉強食の世界です。

●魔との闘い
魔のやり方はいつも同じである。双方の心に同時に入り込み悲観的な想念を見聞きさせ続け、そして粗探しをさせ合い仲違いさせる。魔の目的は和を壊すことにある。和は計り知れない結束力である。ゆえに魔は恐れているのである。魔界の仕組みは弱肉強食の世界。強い者に命令されて行動する隷属的世界。分かち合いや助け合いの観念はない。愛情や友情や恩情といった愛の世界だけが持つ綺麗なエネルギーを魔界の者は最も嫌うのである。なぜならば魔界の者には愛情や友情や恩情という観念を育むことが出来ないからである。魔界とは悪魔を頂点とした、妬み 僻み 恨み 辛み 恐れ という感情に満ちた暴力的な世界である。人は悲観的な感情に浸り続けていると魔界の者に心を操られやすくなる。そして魔界の下僕と化すのである。
(魔はいつでもどこでも人の心に侵入し成り済ましながら思考を操れる)

魔が差すとは悪霊に憑依され操られている状態を言う。魔が差さない人はいない。自身が認識できているか否かだけである。だからこそ善なる心を鍛える必要性がある。悲観的な感情に対して「わたしはそうは思わない」と口にすれば良い愛ある思考と感情を自ら選ぶこと。それが魔との闘いである。

●悪魔について(私見)
その昔にゾロアスター教の中で神、悪魔の二元論が世界で初めて唱えられてます。長い間の敵対国の宗教そのものを悪とし、相いれない者としています。しかし、魂の世界は想念の世界でもあります。魂となった者が自分を悪魔とし、悪魔の世界を創造し、生者をおとしめる事を良しとすることが一定の勢力を持ち現世に関りを持つに至れば、これはもう存在するといって過言ではないでしょう。また、善き神、至高神も、人の想念によるものならば存在しうるのです。

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