本文へスキップ

オラクルの雫の霊のお話

人 (私見)

information


人格(じんかく)は、個人の心理面での特性。人柄。または人間の人としての主体。

発達心理学、教育学においては、人間の成長の過程において形成されていくものとみなされることが多い。 哲学における人格概念 persona(ペルソナ)に由来する。キリスト教においては、ペルソナとは「理性的本性をもつ個別的実体」である、という定義が与えられた。カントは、人間が持つ道徳法則の主体としての性質を人格性あるいは人間性と表現した。

道徳性の主体としての人間は人格(Person)と呼ばれ、物件 (Sache) と明確に区別される。物件には何かのための手段として価値(価格)のみがあるが、人格は手段としてだけでなく同時に目的としても扱われなければならないという形で道徳的な価値を持つ。
人格を説明する理論として、フロイトの心を自我・超自我・エスに区分する構造モデルと、意識と無意識に分ける局在モデルが教科書的に有名である。超自我は良心に関係するとされる。
人格の形成には、 事故や病気、天気等による外的要因を除いて、幼少期における経験や体験が、人格形成に大きく影響を与えていると思われる。
人間には本性というものは存在せず、子供は本来無垢であり、言語能力・性格・知能・性的指向といった人の頭の中にあることの全ては、外部からの経験によって形成されるという考え方をタブラ・ラーサのドグマと呼び、20世紀を通じて人格形成プロセスの常識として考えられてきた。
しかし、人格の形成の半分は遺伝子の直接・間接的影響で生じ、残りの半分は親の子育てや家庭環境とは関係の無い、何か別のものであるということが分かってきた。残り半分の「何か」についてハリスは、人間は10代半ばに現在置かれている相対的な社会的地位によって、自分の人格の一部を定める傾向があると述べている。
「性格、気質、興味、態度、価値観などを含む、個人の統合体である」としておくとよい。
マズローは、自己実現の原動力となる欲求として<生理的欲求・安全欲求・所属および愛情欲求・尊重欲求・自己実現欲求>を挙げた上で、左側の下位の欲求から上位の欲求へと満たしてゆき、最終的に高次の動機(メタモティベーション)に達するとした。つまり、下位の欲求から充足され最終的に最も高次の欲求に至る人が、より健康的なパーソナリティの人だ、としているわけである。
ゴードン・オールポートは健康なパーソナリティの規準として、次の6つを挙げた。
1)  自己意識の拡大。自己自身だけに集中的に向けられていた関心が、家族・異性・趣味・政治・宗教・仕事へと広がり、これにどれだけ積極的に参加し、自己をどれだけ拡大してゆくか。いわば、他人の幸福を自分の幸福と同一視できるほど重要視し、拡大視できるか。
2) 他人との暖かい人間関係の確立。家族や友人に対して、どれほど深い愛情を伴う親密さと、全ての人の人間的状態に敬意を払い理解するという、共感性を持つことができるか。
3) 情緒的安定。欲求不満の状況でもそれを受容するとともに、これをどれほど適切冷静に処理し、安定した精神状態を保つことができるか。
4) 現実的知覚、技能および課題。歪曲されない正確な現実認識と、真実性への認知の構えをどれほどもっているか。基本的知的能力だけでは不十分で、むしろ高い知的能力をもちながら、情緒的均衡を欠くために、健康なパーソナリティとなれない人も多数存在する。
5) 自己客観化、洞察とユーモア。自分自身とは何か、自分自身が持っているものは何か、他人は自分が何を持っていると思っているのか、といったことを客観的に知り、洞察しているか。この洞察とユーモア感覚は強く関連している。
6) 人生を統一する人生哲学。人生をいかに生きてゆくか、という目標への指向性をどれほど明確にもっているか。そして、人生に統一を与えてくれる哲学、すなわち価値への指向をどれだけもっているか。

ナビゲーション