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オラクルの雫の霊のお話

欲から発する念(私見)topics

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欲する心が自分の体から抜け出し、生霊や呪い、夢枕に立つなど、伝承が伝えられています。 これが能力者になると、極めて危険で欲が念になり狂気を帯びます。(この時、正常な判断が出来ないため妄想に次ぐ妄想で悪意の念しか起こりません)
やがて、これが呪いになります。大概、知識がない分、本人に自覚がありません。これを悪霊などが飲み込むと相手も本人も妄想の餌食になります。 (互いにいがみ合う様仕向けられる)
しかし、この欲なるものは、人の行動の原動力になるものです。又、自分の欲を高次元に移行することは霊格を高める事でもあり、最終的に菩提心欲に移行せよと仏教の真言宗では説きます。
高次元に移行するためには、欲求を達成することで叶えられます。(ストレスを解消すること。呪いの解呪に似ています。)
生理的欲求は生活であり、認識欲求は社会です。少しずつ達成し心の平安を取り戻すことが大切なのかもしれません。 心が落ち着くと念を極力制御しようとします。欲が念になり呪いに変わるとするならば欲のコントロールが重要になります。
一般的な人の幸せが叶えられなければ負になります。貪欲も負になります。この幅はその人の価値観ですが、これこそ中道の理念が必要なのです。
● 注:呪いの本質が欲ならば、自分が呪われていると思った時、その呪いは自分の欲望が生んでいるかもしれません。又、既に気が晴れていても念は残留思念のように残る場合があり、本人を苦しめ続ける事があります。私の実感では成就や時間経過で消えていくように思えます。 呪いとは、かなり広義の言葉で見定めは非常に難しいです。

 



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