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オラクルの雫の霊のお話

供養を考えるtopics

information(供養がなぜ大切なのか)
なぜ能力者になってしまうのか?

よく霊障(ポルターガイスト)がおこると耳にします。ご先祖様の警告だったり、供養してほしいとの嘆願だったりします。 また、たくさんの霊の声が聞こえてくるようになると、 気が狂ってきます。そして病気になります。こうなると、結局のところ、ご先祖様に守ってもらうことしか回避の方法が思いつきません。
ただ、迷って気が付いて欲しい程のご先祖様です。供養は当然ですが、あまり無理を言ってはとも思います。とにかく供養を続けていると、ご先祖様から、ありがとうの言葉を聞くことがありました。 それでも私は、信じられなく強制成仏を行っていましたが、今思えば意地を張らず助けてくださいと、お願いする事が良いと思いました。(結局、ご先祖様のありがとう から数年、私は苦しみ続けました。) 基本、無条件にご自分を守っていただけるのは、ご先祖様とご自分の生まれたところの近くの神様(神社:産土様:うぶすなさま)だけです。
そして霊的対話をはじめ、そこから、ご自分の好きな神様と御縁を深めるのです。ですから、霊障が始まると故郷に戻ることがお勧めです。知らない土地だと、周りの霊は知らんぷりで、 一番悲しみに暮れている霊達が時折訪れ、業を祓う(八つ当たり)をしてバタ狂います。しかし故郷なら、どこどこの子供だから仕方ない、見守ってやろう。 となるのです。ですが昨今、仕事もあり、なかなか故郷に帰ることもままなりません。霊障(試練)が始まると大抵、普通の人は救われる事無く、この世で生きたまま地獄を彷徨(さまよい)います。 (知識がないので余計です) ご先祖様は助けたいのですが、ご先祖様もそれどころではなく、また、力もありません。ですが、供養にお金をかける必要はありません。
まず、ご先祖様に家にいて良い合図を送ります。(位牌)の代わりに紙に 「私のご先祖様」 と書いて下さい。そして、あなたが気が済むまで毎日お水を出し手を合わせて下さい。「ありがとう」と。 きっと、ご先祖様はわかってくれます。



私の場合(供養を始めるきっかけ)
・ご先祖様の中に自力での成仏が難しいため、子孫に供養を求めます。
・ご先祖様があまりに苦しいため、子孫に霊障を起こし、気づいてくれと騒ぎます。すでに罪悪感が無くなってます。
・子孫の波長を自分に合わせます。(先祖の波長が低いため、かなり下の波長で開くことになる。)
・波長が低くなり、周りの未浄化霊からも認識できるようになる。
・無縁仏、未浄化霊が自分も供養してほしいと大量に憑依しだす。
・どんどん波長が下がり続け地の底で這いずり回る。
・未浄化霊は貧乏神の側面があり、乞食になりそうになる。霊から逃げるため、家に居れず夜な夜な徘徊する。
・人生(時間)を消費し、人生を棒にふったと泣き続ける。(怒りまくって、供養などしない。)
・結局、供養しかないと悟り、ようやく供養を始める。先祖が正気になり始め、子孫も先祖も泣き続ける。
・すでにいる他仏の霊位の供養が難しい、先祖の供養を続けると波長が上がり始める。これを阻止しようとする。
・そもそも、先祖の波長が低いため先祖に頼んでも他仏を祓うのは難しい。
・神様に来てもらい、先祖、他仏の供養を手伝って下さいとお願いをする。(祈祷、祝詞、念仏)
・長い長い時間がかかります。そのうち「過去にIFは無く、未来にしか選択肢がない」ことを実感する。
・地獄の底から全てをまっさらにする。リッセトして明日に向け一歩踏み出す。過去を振り返らない。(重要)
・すべてを憎み、呪い、そして泣き、自分が原因と知り、絶望し無になる。それから、すべてを許し、すべてを愛(隣人愛)し、地獄の底から、未来へ一歩踏み出す。(リセット)


●自身が能力者になり、願いが叶いやすいが結果がトンチンカンな場合が多い理由は?
・自身の霊格・波長が低く、あの世に渡れないご先祖の供養を欲する気持ちが大きいときに、子孫(ご自身)の願いを叶えようと、ご先祖が良かれと奇跡を起こそうとします。しかし、力が無いため他の力がある霊位に頼みます。この時に波長(霊格までいかない)が近しい霊位(悪霊と呼ばれるもの)に頼む事がしばしばあります。これがトンチンカンの元で、霊障に発展するきっかけでもあります。(最悪の結果の代償を求められ、さらに、なかなか除霊・浄霊・祓う事・お帰り頂く事も、出来ません。ご先祖も後悔だけで代償を払えず泣くばかりで、結局自身で何とかするしかありません。[自分の責任])
・能力者の自覚がご自身にある場合は、とにかく言霊や願掛けに十分な注意が必要です。信頼できる霊位を早急に見極め、霊威発動の条件付けを行い、発動に呼応する霊位の限定、ご自身の精神状態の変動(怒り・恨み等)で不用意に霊威を起こさないように自身の精神コントロールも必要になります。(つまりは長い長い修行が必要)ここまで分かると「何も考えずに神様に手を合わせていた頃が一番幸せだった。」と思うものです。





呪いを行う者のパターン
・先祖の霊障が魔道を行うことで再熱
・魔道で霊を呪いの刃に変え対抗する(霊が魔に落ちる)
・さらに霊障が発生する
・さらに強力な呪いを求め、生贄をささげる。
・霊障は生贄にされたものも加勢し、さらに強力になる。
・生贄にされた関係の霊も加勢する。
・たまねかねて、他人に霊障をぶつける。
・楽になることから、ぶつけることを繰り返す。
(未浄化霊は貧乏神の側面もあるため、ぶつけることで金銭的にも楽になる)
・ぶつけられた方の先祖霊が怒り出す。霊障になる。
・ぶつけることと、生贄が一緒になり儀式になる。(呪いの生贄が人で行うようになる。)
・死ぬことは無いと思い罪の意識が薄い。それより自分が助かることを重要視する。優先する。 又、ばれることもないと思う。超常現象の為、現世で裁かれることは無い。
・元が先祖の霊障の為、先祖も諫めることが出来ない。
・儀式を繰り返すことで一時の平安を得るが、当然、霊障は帰ってくる。
・魔物が力を増し、刃で無く人間と同一化する。 (魔人合一):「神人合一の逆」
・毒をもって、毒を制する。実践するため、先祖も本人も神が遠のく。
・常に周期で行うようになり、どんどん悪化する。

・下の表はかなり特殊な例です。参考までに留めてください。(魔道に傾倒した場合)


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魔道に傾倒する者
術者自身が死ぬときには、術者の子供は親を見て育つため、当然供養などは考えない。本人も行いに恐怖し、自力の成仏は難しいと思う。しかし、子供は供養しない。
よって、最悪は子孫に伝わっていく。負の連鎖が続く。。。願いに触れるためには、まず邪念を祓う必要があります。邪念に吸い寄せられる魔はそもそも、説得には応じません。(状況を良しとする魔だから)
願いを発する霊には、邪念を祓ってから魔を弱めないと直接話す事が出来ません。これは、自分の霊格が主体になります。そもそも、普通出来ません。そこで神様にお願いして解呪を行います。 (先祖霊の場合が多いから。霊への説得。)根本的にご自分で、神様が敵などと言っている場合、まず無理です。人間はあの世の霊格から見ると極めて下です。魔は霊格とは違うベクトルで力を増していきます。 霊格が高いと言って力の強さはイコールではありません。決して侮ってはいけません。ご自分の無知の後悔は取り返しがつきません。人には越えられない壁は与えられないといいますが、 霊界の土俵に上がってないからです。なぜなら、壁を用意するのは導き手の霊だからです。霊界に通じた時点で別の理(ことわり)の中にいると思います。安易に興味本位に呪術は行わないことです。



善神に見捨てられた場合
人の人生は、いい時も、悪い時もある。これを、善神、邪神、悪魔、魔人、時々の引っ張り合いとして置き換えた場合、どこかに偏りが完全に一つになった時に、超常なる霊威は収穫をする。 加護は与える必要がなく、その者の他者に向けた願いの報いを収穫する。加護とは一つの力に引っ張るための手段にしか過ぎない。代償があるから加護を与えるのだ。 だから、近づく力に判断を間違ってはいけない。人間である以上、間違いはある。だから、こうなった場合、無条件にご自分を救う霊位に頼るしかない。ご先祖様、産土神様、に頼むしかない。 しかし、即効性は無いと踏んだほうがいい。ご自分の行為によって、ご先祖様の霊格は地の底だ、ご自分を助ける余裕はない、しかも、見放されている。 最悪になった場合、ほんの少しの光を生み出すことも容易ではない。今までの悪意の行為をやめ、同時に供養を開始する。又、この時に神に頼っても、自分の霊格は地の底であり、 相対する神は善神かどうかも判らない。自分の悪意は許容できるのか?妥当かも判断できない。時間をかけ、先祖の霊格を上げ、自らの霊格も上げる。そして神にもう一度、加護を受けるしかない。 この過程において既に光があふれている。少し遅れるが、幸運は次第に増す。試されている時に道を誤ってはいけない。因果応報。生きて解消には、時間(生命、人生)が必要になる。 謝罪、供養は自らの霊格をまわりまわってあげることになるが、他者への救済は神から祝福を授かる時の判断材料だ。
そして、神に懺悔し祈ること。(伝えなければ、伝わらない。意思を表さなければ、認められない。都合のいい解釈は全て捨て去る。)
呪いの解除は人の呪いか、ご自分の呪いの呪いか、他に責任を求め、懲伏しても解除はできないだろう。なぜなら、ラビリンス(迷宮:迷い)に自分が落ちている。 一つ解除しても、次の解除に、永遠だ、終わりがない。自分が弱った時に機会を伺っていた霊威が一斉に押しかけるからだ。特定、中心を片付ければ解呪が出来る。と、そう思うだろうが混沌だから掴みようがない。 しかし、人間は誰かが呪っていると思い続ける。最悪は自分が放った呪いによって、自分を攻撃してしまう。だから迷宮(ラビリンス)に落ちると言って丁度いい。問題はリセットをどうやって行うか。 解呪にこだわらず、解呪は成就でやり過ごし、全てを受け止め。一度まっさらになったほうがいい。なぜなら、力比べは不毛だ。何もいいことはない。 呪い合戦は相手が分からない、自分の思い込みによるところが多い。呪いとは相手が特定出来ないことがみそである。バレれば下の下だ。自分が相手を分かったと気が付いた時は、絶対に騙されている。 儀式の最後にまっさらになる(全てを失う)というが、多分、呪いの力を否定し、呪いを全て解呪し、新しい一歩は常に地獄の底から明日を見るという生命力からなのだろう。 儀式に勝利することは呪いが残るということ、ラビリンスから出ないということ。不可思議な現象に効力を求めるのではなく、理解、悟りを深めるのです。儀式は試練ともいう人がいるが、 きっかけは無数にあっても、全てを失い、全てを許し、全てを愛す事に変わりはない。人間から人になるということは、荒行です。 (ご自分の人生に霊的な者の介入を許す、認知することは、人生の落伍者だということ。人を超えた者ではない。死んでからの修行で十分です。)



境涯(仏教における波長・霊格) 十界図


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六道輪廻
六道輪廻は「ろくどうりんね」という読みます。仏教の考え方に基づく思想で、「六道」という言葉と「輪廻」という言葉が合わさってできた言葉です。 すべての生き物は生前の行いによって、六道の世界に生まれ、死んでいきます。魂はなくなることなく、死んだあとも生まれ変わり、また死んでいく。 その様がまるで車輪が回り続けるかのようで、生きとし生けるものが六道の世界の中で生と死を繰り返し続けること(輪廻転生)を「六道輪廻」と言っています。 六道とは、あの世にある「天道」「人間道」「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」の6つを指します。この世、つまり生きているときに行った行為によって、 死後にこの6つのうちのどこかの世界へ落とされ、グルグルと魂が6つの世界を回り続けることになるのです。 これを六道輪廻と言い、六道は天・人間・修羅の「三善道」と、畜生・餓鬼・地獄の「三悪道」から成り立っています。 場合によっては修羅も悪道に含まれることがあり、その場合は「四悪道」と呼ばれます。

六道の種類と内容
六道のそれぞれの世界については、おおよそ以下の通りです。現在の自分の状態も六道で表すことが出来ます。現在の魂の位置(境涯)を把握することが出来、修業をして成長へと繋げていけることが出来ます。

天道
楽しいことが多く、フワフワと浮かれている状態
天人(天界に住んでいる者)が住む世界のことで、苦しみは他の五道と比較しても極端に少なく、自由に空を飛ぶこともできると言われています。 ただ、全く辛さを感じないという訳ではないようで、死を迎えるときには恐ろしい苦しみと言われる「五哀」を受けることになります。

人間道
辛いことも楽しいことも感じられる安定した状態
天道よりも大変さはあるものの、人間が住んでいる世界で、食欲・色欲・睡眠欲という楽しみも得られる世界です。この世界に行くと、誰もが仏になれる可能性があるとも言われています。

修羅道
怒りの感情に支配されて、トラブル尽くしの状態
修羅(争うこと・争う人)が住む世界のことを指します。争いばかりが生じる世界で、自ら好き好んで争い事をしています。 ただ、地獄とは比較できないくらいの世界で、争いを絶つという意識を持ち、それを改善しようとする姿勢を見せることで、他の世界に輪廻できる可能性はあるようです。

畜生道
愚かさに支配され、本能のまま生きている状態
畜生(動物など、人間以下のもの)が住む世界のことで、本能のまま生きている状態です。感情をコントロールすることができず、 愚痴ばかりを漏らすという意味もあり、仏の教えを受けることはできないでしょう。

餓鬼道
何もかも欲しがり貪っている状態
餓鬼(貧しく飲食できない)の世界のことで、貪欲で貧しい状態のため常にイライラしたり、飢えと乾きによって苦しんだりします。 前世で他人に食糧を分け与えなかった、慮る(おもんばかる)事をしなかった人がいく世界だと言われています。

地獄道
全てがうまくいかず、自暴自棄になり理解できない状態
六道の中で最も最下層となる地獄道は、生前に悪行を成した人が罰を受けるための世界です。136種類もの地獄の刑が執行され、罪が償えなかった場合は、 魂さえもなかったものとされ、全世界において存在を無くすことになります。また、六道を輪廻転生の際に通る世界という意味や考え方だけでなく、 現在実在している世界という捉え方をする人もいます。(この世)

六道の上の世界
六道の中では天道が最も良い世界とされていますが、仏教ではこの六道輪廻から脱することを最終目的としています。 つまり例え天道に生まれ変わったとしても、死ぬときは苦しみや辛さを味わうとされているので、六道から解脱してその上のランクに行くようにと教えているのです。 そこで六道よりも上となるのが「声聞界」「縁覚界」「菩薩界」「仏界」の4つからなる「四聖道」です。四聖道と六道をあわせたものを「十界」で、十法界(じっぽうかい)、十界論(じっかいろん)と言います。 六道は「迷界」なのに対し、四聖は「悟界」とも言われており、六道はいずれも「迷いのある世界」だということも、文字を見ればわかります。つまり、六道輪廻はそれらの迷いの世界をぐるぐるとまわり、 抜け出せない状態になっているということなのです。この迷いの世界から脱出することが、六道における真髄と言えるでしょう。

輪廻
人が生前にした行いにより、次に生まれ変わる世界が決まること。生まれ変わりが一度ではなく、解脱するまでずっと続くこと。 六道の世界をくるくると生まれ変わり続ける、回る輪の中から出られないことを言っています。六道の世界を回り続ける限り、迷いや苦しみから逃れることはできません。

六道輪廻からの解脱
六道輪廻から離れることができると、極楽往生(ごくらくおうじょう)することができます。煩悩から解き放たれ、輪廻の輪を離れることを解脱と言い、 解脱して極楽往生するというのは、極楽の世界に仏として生まれ変わるということで、これが生きとし生けるものの最終目標となります。そしてどうすれば解脱できるかと言えば、 六道に生まれ変わってしまうことをしなければ良いとされています。(殺生をしない。欲を持たない。怒りを持たない。ねたまない。うらまない。煩悩をすべてなくす。) これらのことを完璧にしていると、六道輪廻から解脱することができます。


六観音様
六道輪廻の中で、六道に迷う衆生(生きとし生けるもの)を救ってくれる観音様がいます。六種の観音様がそれぞれの世界で救いの手を差し伸べていてくれるおかげで、 どの世界もまったくの救いがない訳ではありません。

(六観音菩薩様)
天道
如意輪観音菩薩(にょいりんかんのんぼさつ)

人間道
准胝観音菩薩(じゅんていかんのんぼさつ)

修羅道
十一面観音菩薩(じゅういちめんかんのんぼさつ)
畜生道
馬頭観音菩薩(ばとうかんのんぼさつ)

餓鬼道
千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)

地獄道
聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)



地蔵菩薩様
閻魔大王様というお話もあります。地獄に来た人々(浄化の旅を始めた人々)のサポートをしてくれる。悟りの手伝いをしていただける。とてもありがたい存在です。

(六地蔵菩薩様)
天界
大堅固地蔵菩薩 (だいけんごじぞうぼさつ)

人界
大清浄地蔵菩薩 (だいしょうじょうじぞうぼさつ)

修羅界
清浄無垢地蔵菩薩 (しょうじょうむくじぞうぼさつ)

畜生界
大光明地蔵菩薩 (だいこうみょうじぞうぼさつ)

餓鬼界
大徳清浄地蔵菩薩 (だいとくしょうじょうじぞうぼさつ)

地獄界
大定智悲地蔵菩薩 (だいじょうちひじぞうぼさつ)

(私の妄想ですが)
観音菩薩様は道をおさめています。
地蔵菩薩様は界をおさめています。
もしかしたら、観音菩薩様は人格を表し、地蔵菩薩様は波長を表しているのかもしれません。これは概ね、霊格は人格+波長になるのでしょうか? 霊格を総合的に上げることにより、体調不良で霊障爆発が起きにくい体質が出来上がるかもしれません。


供養を求めた先祖の霊障がきっかけで長い旅が始まるケースがあります


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悪霊の憑依について
ポルターガイストがご先祖様の訴えのうちはいいのですが、悪霊が地縛霊の様に居座ることがあります。彼らも元死んだ人間なのでしょうが、 既に変わり果て邪な行為に一緒に進んでいき楽しもうと勧めてきます。快楽に溺れ最後は自覚のない憑依が完成し、気が付いてみたら周りを巻き込んだ人生の破滅です。




悪霊が自宅に地縛する時(私見)

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サード・アイ(第三の目)を利用した呪術もあります。(これは人為的です)


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いつまでも霊障が解呪出来ない時(私見)
憑依霊のあてっこ(シーソーゲーム)
金運の奪い合いになる妄想。
金運が舞い込むのは、本来の運気が憑依を解くことで開くだけです。
しかしシーソーゲームになり相手と泥沼になることがあります。やはり先祖供養が大事です。



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自分で解呪する道筋
(私見:注意・霊能者になる。)

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なぜ供養は必要か。

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●霊能に目覚めた方に伝えたいこと。
霊能に目覚め、力を得たと思う方はたくさんいます。そして祈願すれば、たとえ邪な願いでも叶う事が多いいでしょう。しかしながら、いつの日か梯子を外され人生の窮地に追いやられます。 自分の霊格を分からないなりに自覚し、今、自分に相対する霊位が何者か把握しなくてはいけません。これが審神者です。そしてあなたに話しかける霊位は概ね元人間です。 良いか悪いかなどコミュニケーションで決まります。そして、善神・悪神も結局、自分の都合で決めるだけです。聡を受けているのかも理解出来ないものです。願いが叶いやすい分、 細心の注意が必要です。自分の怒りや感情が直ぐに現実になる錯覚に陥ると悪霊につけこまれます。後悔を糧に脅され続けます。ですから、

「人智を尽くして天啓・天命を待つ」

これが霊能に携わる者の基本だと思います。闇雲に願っても梯子を外されるだけです。

「前後策を打ちつつ神に祈る」

今の私にはこれ以上の方法・良策を思いつきません。

●霊障・憑依について
未浄化霊など力に上下関係を依存するものは、人の聡が届かないことが良くあります。(生きている人の霊格がさらに下の場合と霊力が小さい場合)
 とくに水子などは、怒られないと、怖くないと、全く言うことを聞きません。聡を理解する、受け入れるほど成長していないからです。
そこで神社の水や清らかな霊水、家の先祖神様に少しだけ水を置き力を分けて頂きます(置いて手を合わせ、直ぐに頂く・余計なものに関与されない)
また、これには自分の体内からの浄化も出来ます。憑依霊の浄化や居られなくする効果も期待できます。もとより、そもそも聖霊様の手助けがより大きくなります。

水子などの霊位は、霊格の上下すら認識できない場合があります。未浄化霊位も例外ではありません。
従って、何らかの方法で霊格の違いを知らせないといけません。しかし、これは、ご自分の霊格が高い場合です。また、霊格自体が分かった状態です。
彼らの従う上位の霊位と照らして、私の方が上だと分かれば、おのずと低位の霊位は引き下がります。

ご自分の霊格を調べるツールとして、表を作ってみました。ご自分とコンタクトを取られる霊位様に確認してみてください。確認方法はご自分の方法で良いと思います。
(私はペンジュラムと相性がいいので、ペンジュラムを使っています。番号をふっているのでダイスも良いでしょう。信頼できる霊位様と相談して、話すツールを決めてください。)

また、なぜ霊格が思うように上げられないか欠点等をを教えていただける様になります。始めはリップサービスが多いかも知れませんが、真摯に向き合い教えを請えば、厳しく的確に教えていただける様になります。

尚、ご自分用にアレンジして作り変えて使用することを推奨します。
霊格表

霊格表pro


供養のまとめ
霊に諭す事を使命にしている方々は、仏教の考えでは声聞界から上の方です。ですから、未浄化霊や彷徨う霊位の方々は、 霊格が低い生きている私の言葉など全くと言っていいほどに馬耳東風で説得に応じてくれませんでした。経験から、このような階層が本当にあるのかと疑いたくなりますが、 確かに、餓鬼のように常におなかがすいた時期があったり、やたら怒りっぽくなる時期もありました。(幻聴で”お腹がすいた。。。”、”文句ばかり。。。”と良く聞きました)今となったら、 不思議な経験をしたと思います。どんなに霊を馬鹿にしても相手から見れば赤子をひねる様なものです。安易に気合ではねのけるなど考えない方が無難です。もとより戯れの接触の場合、 ちょっとしたことで離れてくれます。しかし強烈に祟られた場合、必死に霊位と戦うことが結局、これが勝つか負けるかにつながります。全てを得るか、失うか。究極の選択の自覚が発生し、錯覚におちいります。 ですから、許しあう心が大切なのです。これに気付く事が大切だと思います。許し合う、供養をし、呪いできた霊位に成仏を施す。祓い除けではなく浄霊する。





供養を求めた先祖の霊障がきっかけで長い修行の旅が始まるケースがあります。
下の図は本来、能力者に陥ってしまった者がどうすればいいのか?現時点での私的見解です。(2022-2-20)


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●なぜ、ご自分が見えたり聞こえたりするのか?これは、ご先祖様が供養を欲しているからです。ある程度満足すれば大丈夫です。 やりすぎは禁物です。

●能力者の願いが叶いやすいがトンチンカンな事が多いのは?
能力者の先祖が供養欲しさに願いを叶えようとしますが、自身では出来ず、出来そうな霊位に頼む事が多いにあります。この霊位も霊格が低いため願いの叶え方が他の生きている人間を痛めつけ要求を引っ張り出します。不幸が拡散されていきます。そして叶うと今度は代償を呪い主に求めます。ですから、先祖供養も含め霊格を上げると言うことは、自分の言霊に接触する霊位を高級霊位に近づけ善意ある行動で行いたい。ということです。



●最近経験したのですが
(2022-2-20)

神様、仏様(ご先祖様)を祀り供養することは大変重要ですが、お水や供物を出しっぱなしにして、他仏や未浄化霊がたくさん集まり大騒ぎになりポルターガイストが続出することがあります。
夜寝るときも電気を消したはずなのに部屋がピンク色に明るく見えたりしました。こんな時は一旦ご供養を止め彼らが欲している食べ物を与えないことです。供物がなければ自然といなくなります。彼らがご自分に恨みがない限りこれで大丈夫です。

施餓鬼会(施食会)は、やはり、自宅では無理だと悟りました。他仏供養に祭壇を作り、お経を唱え続けただけですが、アウトのようです。

(2022-4-30)
霊位に言われるまま、神棚に大量の神札をお祀りしていました。お世話になっていたので、どうしても縁を切ることが出来ず祀っていました。占い師の先生からは、片付ける様に言われていたのですが、、、
あまりに霊障が続くので、塩で結界をはり、対抗しましたが、実は家の神気がレッドゾーンまで入り、周りの未浄化霊を呼び寄せていました。
定説通り、
「神札等を少なくし、やたらと縁起物を置かない。」これに限ります。
卓上噴水もまわし、浄化もしていたのでなおさらです。結局、家の中に迷い込んだ霊位が成仏したくないと騒いでいたようです。(神様に会いに来ただけなのに帰れない)
神札を片付け少なくし、塩を片づけたら、霊障が少なくなりました。
(自分のやったことが分からず数年泣きました)


今回の学びは、「部屋の神気の状態確認と定期的な塩の交換による結界解放が必要。」と勉強しました。
とんでもない学びになりました。


●戒名について

戒名は故人があの世に行ったときに使う名前です。
私は思うのです、故人に別の名前を送り、客観的にその人生を振り返る事が出来るように戒名を送るのだと。 多分、自分のあらゆる罪、行いを死んで思い出します。認めることが地獄のように辛いのでしょうか?少しでも助けになればと送るのでしょう。 だから立派な名前で良ければいいとはなりません。

●(重要な事)

ご先祖様供養は大金を払っていくらやっても効果が期待できない場合があります。知らない人からお経を受けても、あまり心に響かないのかもしれません。 自分の子孫がとちりとちりでも拙い(つたない)お経を読み上げ供養する。親ならこれほど嬉しいものはありません。そして知ります。 供養は浄化の旅に出る(死出の旅)先祖への手向けですが、ほんの背中を押す、ひと押しであることを。心の世界ですから、まごころを込めた供養が大切だと思います。

〇仏壇に集まるご先祖様がいくら供養しても、、、の場合
ご先祖様が泣いて寂しくて出てくることがあります。
大概、じいちゃん、ばあちゃんの位牌だけで先祖歴代の霊位様の位牌がなく、 お墓にぽつりと居る事があります。
まず、家に居ていいよと合図(先祖歴代の霊位様の位牌:紙に手書きでも構いません)を 置きましょう。怖がらせてはいけないとお墓に寂しく居る事があります。
次にいくら供養しても、ご先祖様の何人かが、あの世に渡れない事があります。 お金をかけ、お坊さんに供養してもらっても渡れないことがあります。
仏壇に高位のご先祖様のつながり、神仏様のつながりが切れている場合が考えられます。 対策としては、産土様のご尽力におすがりします。
産土様は土地の者に幸御魂で接してくださいます。
産土様の神札を入手し、手を合わせご先祖様の成仏の手助けをお願いします。
これにより産土様は、霊界・幽界の神仏様をお招きし先生としてご先祖様を聡し、 あの世に連れて行ってくださいます。
産土様も高霊位の先生です。私たちが毎日手を合わせご褒美くださいでは呆れます。
まずは日々の暮らしにご加護を頂けている事、ご尽力頂けている事に感謝を伝えましょう。
産土様・正神様は先生であり主にアドバイスを頂けます。 功徳を積めば時々ご褒美を頂けるのでしょう。

追記:
最近、深夜アニメの「出禁のモグラ」にはまっています。最終話の供養のあたりで思うところがありました。
供養は自分の先祖や前世の関係の意味不明の霊障を手を合わせることで、自分なりに区切りを付け前向きに一歩踏み出す行為なのかもしれません。
故人を偲ぶ事も大切ですが、生きている人間は時間が流れ続けます。蒙昧せずに、
「俺も頑張っているから、親父たちも、あの世で頑張れ」
という気持ちで今日も仕事に行ってきます !
(よっしーは今サラリーマンやっています)



蒙昧とは、悪霊が心のスキを付くために霊障を起こし誰かの責としてラビリンスに落とします。誰かを攻撃し業を重ね悪霊が憑依しやすくなります。

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