― 序 ―
干戈(かんか)已(すで)に罷(や)み、得失還(ま)た空ず。樵子(しょうし)の村歌を唱え、児童の野曲を吹く。
身を牛上に横たえ、目は雲霄(うんしょう)を視る。呼喚(こかん)すれども回(かえ)らず、撈籠(ろうろう)すれども、住(とど)まらず。
(訳)
人が牛に乗って、ゆらゆらとゆられながら家に帰ろうとしている。その人の吹く笛の音が、あたり一面に鳴りひびいて、夕焼けの雲を送っていく。その拍子や歌のひとつひとつには、限りない思いがこめられている。その音色にこめられた思いが分かるなら、あれこれと説明する言葉など必要ないだろう
― 頌 ―
牛に騎って イリ として家に還らんと欲す、羌笛(きょうてき)声声(せいせい)、晩霞(ばんか)を送る。一拍一歌限り無きの意、知音(ちいん)何ぞ必ずしも、唇牙(しんげ)を鼓せん。
● 牛に騎ってイリ として家に還らんと欲す、
イリとして:傍らにより添って悠然として、
・おとなしくなった自分の牛に乗って、悠然と家郷に帰りたいが、「還らんと欲す」というのは、帰ろうとしているが帰れないという意味が含まれている。それは何故かと云うと、その牛を眺めている自分がまだ残っているからである。
● 羌笛(きょうてき)声声(せいせい)、晩霞(ばんか)を送る。
羌笛:羌はチベット系の遊牧民のこと。チベット系の遊牧民である羌人が吹く笛の音。
晩霞:夕霞。夕焼け。
・羌人の呼く笛の音が、一節(ひとふし)夕焼け空から聞こえ物悲しい。
● 一拍一歌限り無きの意、
一拍一歌、一挙手一投足の中に、本来の自己がこのように躍動し、顕現している。そのことを理屈や観念でなく、身を以て味わうことができると、その中に無限の味わいがある。
● 知音(ちいん)何ぞ必ずしも唇牙を鼓せん。
知音:言わず語らずとも信頼できる友。真の友人。
何ぞ必ずしも唇牙を鼓せん:どうして口に出して云う必要があろうか。黙っていてもちゃんとわかる。
・心中には自ら納得でき信頼できる真の自己としての心牛がいるから、黙っていてもちゃんと分かるのだ。
(訳)
牛を飼いならした旅人が、その牛に乗って家に帰る場面です。旅人は、見つけた牛(目標)を何とかつかまえ、飼いならしていくうちに、牛と自分がぴったりと、ひとつのものになっていることに気づきました。絵には、牛の背中で笛を吹いている旅人の姿が描かれています。手綱もにぎらずに、牛の進むにまかせています。その行き先は、彼らの家です。自分たちの本来いた場所に、戻っていくのです。
(解釈)
あてもなく、草むらを分け入って探し求めていく。湖は広く、山は遠くに見え、道はますます果てしない。力は尽き、精神も疲れるまで探しているのに、何の手がかりもない。聞こえてくるのは、カエデの木にとまる、夏の終わりのセミの鳴き声ばかりである。
旅人と牛との戦いはすでに終わり、何かを得ることも失うこともなく、すべては元に戻った。旅人は、きこりが木を切りながら歌うような、素朴な歌を口ずさんだり、子供のように、思いつくがままに笛を吹いたりしている。体を牛の背中に横たえて、牛の歩みにまかせていくと、目の前には、雲の向こうに大空が、はるか彼方まで広がっているのが見えてくる。もはや牛は、呼んでも振り返ることはなく、取り押さえても、歩みを止めることもない。旅人は、なぜ楽しそうに歌を歌ったり、笛を吹いたりしながら、のんびりと家に帰って行くのでしょうか。旅人も牛も、もともと同じもので、やっとの思いで牛をつかまえ、手なずけても、「元に戻った」にすぎないのです。それでも旅人が満足しているのは、誰に言われるでもなく、自分から牛を探しはじめたからではないでしょうか。自分の足で歩きまわって、いろいろ大変な思いをしてきたことは自分だけの財産です。「元に戻った」ことと、「何もしなかった」ことは同じではないのでしょう。
禅ではよく「自分を見つめなさい」といわれます。第1図「尋牛(じんぎゅう)」には、牛(自分)を探しはじめた人の様子が描かれています。では、「自分で自分を探す」とはどういうことでしょうか。それは、自分のことをよく知ることです。自分のことを知ることで、自分にとっての幸せとは何かを考えられるのです。大切なものが分かれば、生きることに目標を持つことができ、迷いがなくなります。しかし、この「自分にとっての大切なもの」に気づくことが難しいのです。病気になってはじめて健康の大切さを知るように、あたりまえの幸せには、なかなか気づけません。他人と比べて、自分に足りないものばかりを見てしまいます。さらに、知識や経験が増えてくると、自分が一体どうしたいのか、分からなくなってしまうでしょう。自分にとっての幸せは、本人にしか分かりません。だれも自分の代わりに「大切なもの」を探してはくれないのです。そして、それを見つけることは簡単なことではありません。しかし、まず探しはじめたことに意味があるのではないでしょうか。